こんにちはネコ部長です。
今日は6月9日で「ロックの日」だそうですね。
というわけで、私が今もリスペクトするロックバンドから「心を震わせるジャパニーズロック名言」を、80年代にスポットをあててご紹介しましょう!
ZIGGY
1984年にボーカルの森重樹一を中心に結成されたバンド。メジャーデビューは1987年で翌年の1988年5月には初のシングルとなる「GLORIA」をリリース。この曲はドラマの主題歌にも起用され、一気にブレイクしました。その後は、メンバーの入脱退を繰り返しながらも活動を続けている。
ZIGGYの曲は、私もよく コピーバンドでギター演奏していましたが、抜けの良いドライブサウンドと、なんといっても歌詞のセンスが良かったのを覚えています。
そのZIGGYの代表曲でもある「I'M GETTIN'BLUE」から紹介しましょう。
どしゃぶりの雨が 通り過ぎる頃には 捜してた言葉見つかるかもしれない
いやぁ、ロックの中に何か伝わってくるものがありますよねぇ!
PERSONZ
1983年にボーカルのJILL(ジル)と、ギターの本田毅が中心となって結成していた「NOTHING PERSONAL」に新しいメンバーが加わり、1984年に「PERSONZ」改名。1987年にメジャーデビューし、4枚目のシングル「DEAR FRIENDS」はテレビドラマの主題歌にもなり、今でも多くの方がカラオケで熱唱している名曲中の名曲です。
PERSONZの特徴は、独特のサウンドにあります。
JILLの女性とは思えないパワーのある歌声と、エフェクターの魔術師といわれている本田毅のギターサウンドがマッチして、とにかくカッコいい!
そのPERSONZの名曲「7 COLORS(Over The Rainbow)」から紹介しましょう。
曇り空もいつか晴れて まぶしい日差しが 浮かぶわ きっと
この一節だけで、不安を感じている今の世の中に、希望が持てるような感じがしてきませんか?
BOOWY
1981年に氷室京介、布袋寅泰、松井恒松を中心に東京で結成され、その後ドラムの高橋まことが加入し、1982年に「MORAL」でレコードデビュー。当初は6人のメンバーでしたが、2人が脱退し、1987年の解散まではこの4人で伝説のロックバンドを築き上げたのです。後のバンドブームの火付け役となり、BOOWYの及ぼした影響は絶大であるといえるでしょう。
BOOWYがどれだけスゴいバンドだったかを語るには、あまりにもスゴすぎるのでここでは伏せておきます。
「何にもどれにも属さない」オリジナリティのあるロックバンドだったBOOWYは、サウンドだけではなく、そのファッションも多くのバンドマンたちに影響を与えています。
私も熱烈なファンの一人です!
布袋さんに憧れ、同じようなギターを購入したものです。
そのBOOWYの数ある名曲から「ON MY BEAT」の一節を紹介しましょう。
自分を守るのは 何かを残したあとだぜ 形にこだわっちゃ古びたものしか見えない
いやぁ、伝説のロックバンド「 BOOWY」らしい名言ですね!
さいごに
いかがでしょうか。
80年代は、まさにバンドブーム。
今回ご紹介したバンドは、80年代第2次バンドブームといわれた主役たちです。
他にも「レベッカ」や「THE BLU HEARTS」など、ジャパニーズロックシーンに大きな影響を与えたバンドもたくさんあります。
80年代から90年代へと繋げてくれた偉大なるジャパニーズロックバンドから、心を震わせるロックな言葉を紹介しました。
ご覧いただきありがとうございました。